EU:オムニバス第1弾で暫定合意;企業デューディリジェンス・報告規則が大幅に後退
[Final Omnibus 1 Agreement: The EU surrenders climate ambition and seals U-turn on corporate sustainability rules]
[非公式英文和訳:ビジネスと人権リソースセンター]
[2025年12月8日、EUの共同立法機関である欧州議会と理事会の間で、「オムニバス 第1弾」に関する政治的な暫定合意が成立した。今回の合意は、企業サステナビリティやデューディリジェンスに関するEUの主要規則を大幅に後退させる内容となっており、EUがこれまで掲げてきた気候への野心を事実上引き下げ、政策の方向性を「Uターン」させることが事実上確定した形となった。]
今回の暫定合意(当時の理事会議長国はデンマーク)は、今後数日以内に欧州議会での承認手続きを経る必要がある。欧州議会では欧州人民党(EPP)が極右勢力と連携し、サステナビリティおよびデューディリジェンス規則の弱体化を目指す交渉を主導してきた。こうした勢力は、米国の政策がEUの利益を脅かす局面では沈黙を保つ一方で、トランプ前大統領との政治的連携を公然と示してきたことでも知られている。
フランク・ボールド法律事務所のジュリア・オッテン氏は、次のように述べている。
「EUは本来、自らの戦略的利益のために毅然とした姿勢で移行を加速すべき局面にあったが、最終的に成立したオムニバス合意は、極右勢力に押し付けられた近視眼的な政治判断に沿うものとなった。気候移行計画の実施義務を削除したことで、EUは、企業が気候リスクやグローバルな課題に備えるための主要な立法枠組みを弱体化させようとしている。こうしたリスクや課題は、企業の事業活動そのものだけでなく、バリューチェーン全体に深刻な影響を及ぼしかねない。これは企業にとっても決して利になるものではなく、説明責任を弱めると同時に、EU自身が掲げてきた気候政策や産業移行の計画・目標を危うくするものである」
サステナビリティは、EUの立法者によって、本来の中核的な政策課題としての位置付けから単なる「付け足し」に近い扱いへと押し下げられた。その背景には、これらの法律が自国や自国企業に不利に働くことを懸念した諸外国による組織的な働きかけがあったとみられている。米国政府はとりわけ企業サステナビリティ・デューディリジェンス指令(CSDDD)に強く反対しており、石油・ガス産業を中心とする米国の大手企業は、他国を巻き込んでEUグリーンディールの方針に反対し、EUのエネルギー自立、クリーンテック分野におけるリーダーシップに対抗する動きを展開してきた。
今週公表された米国の戦略文書には、「欧州諸国の内部で、現在のEUの進路に対する抵抗を育成する」という狙いが明記されている。このような状況に対し、欧州委員会内で明確に異議を唱えた人物は少数であった。そのなかの一人であるリベラ委員は次のように警鐘を鳴らした。「欧州は、必要な場合には規則を簡素化し、不要な負担を減らし、一貫性を高めることができるし、そうすべきだ。しかし、透明性や信頼性、デューディリジェンスを放棄したり、移行の核心部分を外部に委ねたりすることは“簡素化”ではない。それは自傷行為だ」それにもかかわらず、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長(EPP)は、この最初の「オムニバス 第1弾」でパンドラの箱を開いてしまったと批判されている。その結果、気候変動否定論者やトランプ支持を公言する極右勢力がEPPと組んでグリーンディールの核心部分を書き換えることが可能になったとされている。[...]
EUはこれまで10年以上にわたって制度を段階的に整えてきた。しかし今回、欧州委員会は十分な手続きを踏まないまま(EUオンブズマンの指摘を参照)、EU全域の企業に大きな影響を及ぼす変更案を提示した。これを受け、理事会と欧州議会は2025年12月8日に、以下のような重要な制度修正に合意するに至った。
企業サステナビリティ・デューディリジェンス指令(CSDDD)
- 気候移行計画:CSDDDの気候移行計画において「実施義務」が完全に削除された。これはEUの気候政策を弱体化させたい極右の要求に沿ったものとされている。[...]ただし、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)の対象企業には、気候移行計画の内容を開示する義務、計画を持たない場合には導入予定の有無やその時期を開示する義務が引き続き残された。
- 適用範囲:従業員5,000人以上、売上高15億ユーロ以上の企業に引き上げられ、EU全体でおよそ1,600社のみが対象となる。この極めて限定的な適用範囲については、将来的に見直すことを定めた「見直し条項」が盛り込まれている。
- 影響の特定:最終合意では、バリューチェーン全体を対象に、リスクの大きさに応じて影響を特定・対応する「リスクベースのアプローチ」が再導入された。これにより、企業は、自社の事業だけでなく、バリューチェーンのどこで人権や環境への影響が生じているかに対応する責任を負うことになる。一方で、この合意では、制度の適用対象外の取引先に対して、企業がリスク把握のために情報を要請することが厳しく制限されることになる。
- 執行および責任:執行面では、違反に対して科される制裁金の上限が、企業の世界全体の純売上高の3%に引き下げられた。また、EU全体で統一されていた民事責任制度は削除され、企業の法的責任を共通の枠組みで問う仕組みは失われた。その代わりに、執行のあり方について将来的な「見直し条項」が盛り込まれた。
企業サステナビリティ報告指令(CSRD)
- 適用範囲:サステナビリティ報告義務の対象が、従業員数1,000人超、かつ売上高4億5,000万ユーロ超の企業に限定された。これにより、全体の約90%にあたる企業が、サステナビリティ報告の義務から除外されることになる。[...]とりわけ深刻なのは、農業・林業・漁業分野や、鉱業・採石業といった環境・人権リスクの高い産業において、EU全体で見ても、現行の試算では20社から40社程度しか制度の対象に残らない点である。なお、この極めて限定的な適用範囲については、将来的に拡大が必要かどうかを検討する「見直し条項」も盛り込まれている。
- バリューチェーン上の情報要求の制限(バリューチェーン・キャップ):今回の合意では、CSRDの適用対象となる企業が、自社のバリューチェーン上の「制度対象外の企業」に対して、どの情報を求めることができ、どの情報を求めてはならないかについて、明確な禁止事項と追加的な制約が設けられた。[...]さらに、中小企業向けの任意基準であるVSME(Voluntary SME Standard)を超える情報を求める場合には、企業側に追加の義務や、より複雑な手続きが課されることとなった。
- 業種別基準の削除:合意文書では、企業が自社の属する業界特有のサステナビリティ課題を評価するための指針を整備する必要性自体は認められている。しかし、そのための具体的な義務付けや明確なスケジュール、期限は示されていない。[...]
サステナビリティ報告の目的:サステナビリティ報告は、企業が自社のビジネスモデルやサプライチェーンに関連する影響、リスク、機会を把握するのを後押しする。このプロセスは、低炭素で資源効率の高い経済において、経営層が自社の戦略や事業展開を準備し、長期的な競争力を高めるための重要な知見を提供する。また、構造化され、比較可能で、かつ実質的な意味を持つESGデータを提供することで、企業は対応が遅れている企業に対して競争優位を確立し、より多くの投資を呼び込むことが可能となる。[...]
環境・人権デューディリジェンスの目的:環境および人権デューディリジェンスは、リスクや影響について質の高い報告を行うための基盤となるものである。企業は、自社およびサプライチェーンにおけるリスクを効果的に管理し、取引先やサプライヤーと建設的な関係を築くための重要なツールを得ることで、強靱で信頼性の高いグローバル・バリューチェーンを構築することが可能となる。さらに、デューディリジェンスは企業の説明責任を強化し、企業レベルでの苦情処理メカニズムを導入するとともに、違反があった場合には制裁を含む公的な執行を可能にする。これにより、EU市場で活動するすべての企業に共通の基準が設けられ、中国や米国などEU域外の企業が、社会的・環境的基準を切り下げることで不当に競争優位を得ることを防ぐ役割も果たす。
サステナビリティ報告とデューディリジェンスを維持・実施することで、欧州企業は、価格変動が大きく高コストなエネルギー輸入に伴うリスクを低減することができる。また、クリーンテック分野をはじめとする戦略的市場において、引き続き世界的なリーダーとしての地位を確立することが可能となる。
この合意はすでに、EU理事会の常駐代表委員会(COREPER II)および欧州議会の法務委員会(JURI)で承認されている。今後は、2025年12月16日に欧州議会本会議で最終的な採決が行われる予定である。続報はこちらから。